トラウマとは何か
― 心の傷とはどういう状態を指すのか ―
本記事では、日常的に使われる「トラウマ」という言葉を、医療・心理学の視点から整理し、心に何が起きているのかを説明していきます。
先に注意喚起として、「トラウマ」に関する内容の記事に触れることで、苦痛を感じることがあります。
なぜそんなことが起こるのか、というメカニズムに触れつつ、トラウマとは何かについて説明していきます。
通常の記憶は、時間の経過とともに整理され、過去の出来事として「物語化」されます。
しかし、圧倒的な恐怖を伴うトラウマ体験は、脳の処理限界を超えているため、時間や文脈と切り離された「断片的な記憶」として別の場所に保存されます。
これが「未処理の記憶ネットワーク」です。そして、トラウマ体験に関連するようなキーワードや情景(トリガー)に触れると、このネットワークが瞬時に活性化し、脳は「今、まさにその脅威が起きている」と誤認します。
その結果、当時の感情や身体感覚が、意志とは無関係に鮮明に再現されてしまうのです。
これは心が弱いからではなく、脳があなたの心を守ろうとして過剰に警戒を強めている「生存本能」からくる反応であり、こうした記憶ネットワークの活性化は、あなたの意志でコントロールできるものではありません。
もし苦痛を感じた際は、それは過去の記憶の「何か」が反応しているかもしれないサインであると捉え、それ以上読み進めるのは一旦やめて、まずは安全な場所で指を動かしたり、周囲の物の名前を口に出したりして、『今、ここ』の感覚を取り戻す(グラウンディング)を試してみてください。
─はじめに─
「トラウマ」ってなんですか?
トラウマという言葉は日常でもよく使われます。
「あれは失敗して恥ずかしかったな〜」
「できれば思い出したくない・・・」
「あのシーンはトラウマだよね」
こんな文脈で用いられることが多いのではないでしょうか。
このように日常会話では「嫌な思い出」や「ショッキングな場面」の比喩としてよく使われています。
こうした使い方は比喩的な表現として、間違っているわけではありません。
では、心理学・精神医学における「トラウマ」とはどういうものなのでしょうか?
1.トラウマの定義
トラウマには複数の定義がありますが、ここではわかりやすく単純化して説明を試みます。
トラウマとは、対処することが難しい圧倒的な体験をきっかけとして、心や身体がその出来事を十分に処理・統合できず、その影響が現在の感情や身体反応、生活にまで及び続けている状態を指します。
人は強い出来事を経験しても、時間の経過や周囲の支えによって、少しずつ気持ちの整理がつき、「過去の出来事」として受け止められるようになることが多くあります。
つらい記憶だったとしても、思い出したときに恐怖に取り乱したり、震えが来るようなことはありません。(通常の記憶)
しかし、あまりにも衝撃が強かったり、逃げ場がなくひとりで耐えざるを得なかった場合などでは、体験を十分に消化しきることが出来ず、十分に処理されないまま、心や体に残ることがあります。
このような場合、体験としては過去の出来事であっても、心や体は今もその影響を受け続け、「まるで今ここで起こっているかのように」様々な反応が出てきます。(トラウマ記憶)
このように、過去の体験が、現在にわたり心身に強く影響し続けている状態のことをトラウマ反応と呼び、そのような状態を起こすような出来事のことを「トラウマ(心的外傷)」と 呼びます。
そして、トラウマの根治(思い出しても過剰な恐怖などの反応が出ず、日常に障害が無い状態になること)を目指すには、基本的には心理療法が必要になります。
2.トラウマ反応は誰にでも起こりうる
トラウマに関連する反応は、心が弱いから起こるものではありません。
人の心と体には、危険から身を守るための本能的な仕組みがあります。
例えば、次のような反応がみられることがあります。(ただし、現れ方や強さは人によって異なります。)
- 落ち着かず、些細なきっかけで強い不安が湧く(「過覚醒」といいます)
- 体がこわばる、動悸がする
- 無意識に避けてしまう(「回避」といいます)
- 感覚が鈍くなったり、現実感が薄れる(「解離」といいます)
これらの反応は、人が生き延びるための自然な心の働きです。
その出来事が終わっているのに、防衛の仕組みが、体験後も長く続いていることによってその人の人生に著しい苦痛を与え続けるのが、トラウマの恐ろしいところです。
3.トラウマの影響は気持ちの持ちようではない
トラウマの影響は、「考え方を変えれば何とかなる」、「気合で乗り越えられる」といったものではありません。
トラウマ体験は、脳の情報処理の仕方や自律神経の働き、身体反応のパターンに直接影響を与えます。
そのため、頭では「もう安全だ」とわかっていても、心や体が勝手に反応してしまうことがあります。
これは意思の弱さではなく、心身の仕組みによる反応です。
適切な理解と心理支援によって、こうした反応を少しずつ調整していくことが大切です。
「心理療法」のコラムでは、こうしたトラウマ反応に対して、どのような心理療法が用いられているのかについて整理していきます。








