─トラウマ治療に特化した心理療法について─
トラウマは長らく「治らないもの」とされてきました。
しかし、1980年にPTSDが正式に診断概念として成立したことを背景に、1990年代以降、従来の心理療法では十分に回復できない臨床課題への対応として、「トラウマ治療に特化した心理療法(トラウマ焦点化心理療法)」が発展してきました。
トラウマ焦点化心理療法は、過去のつらい体験が、現在の不安、緊張、対人関係の困難などにどのような影響を与えているのかを、丁寧に整理しながら向き合っていく心理療法です。
トラウマ治療には段階がある、というのが国際的なコンセンサスとなっています。
最も有名なものは「3段階のアプローチ」です。
①安全と安定の確保
②トラウマ記憶の段階的な処理
③日常生活や対人関係への統合
という三段階で進められます。
「トラウマ治療には苦痛を伴う」「いきなりフタを開けるのが怖い」というイメージを持っている方が多いと思われますが、「安定化」の段階では、無理に思い出すことはこと絶対にせず、日常と症状がコントロールされるための知識や技術の獲得が先立ちます。
その人の安全とキャパシティが確保されなければ、次の段階に進めないのです。
最大限の安全が十分に確保された状態で進めていきます。
いきなりしんどいことに向き合わされるのではなく、しんどさの正体を知り、「封じ込める」ための方策を最初に行います。
当院のトラウマ治療は「安全かつ最速に『完治』を目指す」という方針を掲げています。
具体的にどんな治療法があるのでしょうか。
クライエントの状況に応じて、最適な心理療法を組み合わせて行うことが最適と考えています。
ここでは、特に効果的であるいくつかの心理療法をご紹介していきます。
■ EMDR
EMDRは、眼球運動や左右交互の刺激を用いながら、トラウマ記憶を脳が自然に整理できるよう支援する心理療法です。
一言で言えば、「REM睡眠のやりなおし」です。
通常、記憶の処理はREM睡眠のときに行われているのですが、トラウマ記憶は強烈過ぎて、そのプロセスを行うことが出来ず、「色褪せない生データ」のまま残ってしまっている記憶であるとEMDRでは考えられています。
その処理しきれなかった記憶を治療者と安全空間のもとに処理しなおす治療法です。
言葉で詳しく説明できなくても進められるため、「思い出すのがつらい」「うまく話せない」と感じている方にも取り組みやすい方法とされています。
■ SE(ソマティック・エクスペリエンシング)
SEは、身体の感覚に意識を向けながら、トラウマによって過剰に高まった緊張や警戒反応を「解放(discharge)させる」心理療法です。
SEでは、トラウマを「未完了の防衛反応」と捉えています。つまり、衝撃が強すぎて、恐怖や怒りを十分に表現できなかったため、その反応が身体に封じ込められたもの、と考えられています。
これは動物行動学に基づいており、野生動物はこうした方法で自然とトラウマ処理をしています。
参考:インパラ動画
(捕食されそうになった「死の恐怖」を、安全な環境になった後に、「ふるえ」で解放している様子)
つらい記憶を詳しく語るのではなく、その記憶を想起したときに「今、身体がどのように感じているか」にフォーカスし、身体がやれなかったことをやりなおすことによって、完了に導く方法です。
■ 自我状態療法
自我状態療法は、人の心の中に存在するさまざまな「部分(自我状態)」に注目する心理療法です。
人によっては「トラウマ記憶」や「出来事は思い出せるけど、感情を感じない」という方がいらっしゃいます。
これは「解離」による防衛のおかげです。脅威が大きすぎる場合、人は記憶や感覚を切り離して、日常に漏れ出さないようにアクセスブロックするのです。
こころを切り分けて、「別のパート」にトラウマを背負わせることで、自我の崩壊を防ぐのです。
これは非常に優れた防衛なのですが、困ったことがあります。
アクセスブロックを解除しなければ、治療のための介入ができないということです。冷凍庫の奥底に眠った食材が調理できないように、アクセスできないものを処理することはできません。
しかも、これは無意識の機構なので、本人が一生懸命に思い出そうとしても難しいのです。これがトークセラピー(対話による治療)だけでは、どうしても届かない限界と考えられています。
自我状態療法(もしくはその他のパーツセラピー)は、こうした強い解離を伴う方のトラウマの治療に必須の技術です。
日常生活を担当する「自分」とは切り分けられ、トラウマを抱えて無意識領域に封じ込められている「パーツ(人格部分)」と接続するための特殊な技術を用います。
■ 認知的な安定化の方策(STAIRなど)について
認知的な安定化の方策は、感情が大きく揺れやすい状態を整え、安心して日常生活を送るための土台づくりを目的とします。
STAIRなどでは、感情の理解やコントロール、対人関係のスキルを段階的に学びます。
トラウマ体験そのものに向き合う前に、「今を安全に過ごす力」を育てることで、無理のない回復を支えていきます。








